老人力
朝食に魚を焼く。
まるまる太ったイワシをいざ焼こうとグリルを開けると、
なんと前日のイワシが美味しそうに焼き上がってそこにいた。
夕食の時、ご飯を温めようとレンジを開けると、
昼に温めてそのまま放置されたおかずが見つかる。
認知症の初期症状の一つに「ながら仕事」ができなくなる、
というのがあるらしい。
食事の支度はまさに、ながら仕事の集大成。
味噌汁を作りながら一方でおかずも作る。
漬けものを切って魚を焼いて朝はそれに洗濯機を回し、
テレビに目と耳を奪われる。
グリルやレンジの中に置き忘れはよくあることで、
気がついてがっかりはするが気に病むほどではない。
そういうとき夫が必ず「すごいね、また一段と老人力が上がったね」
と褒めてくれるからだ。
皮肉ではなく本気で褒めるのだ。
それがすんでのところで気がついて「あ~忘れなくて良かった」
などと言えば「さすがだね、よく気がついたね」ともっと褒められる。
ともに白髪の生えるまで、
と誓った私たちも四十年の間にはいろいろあった。
若い頃は相手の失敗を罵ったりもしたが、
今はお互いに手を貸すほどに優しくなった。
これも老人力か。
夫婦の関係は鏡に向き合うようなもの。
優しくされてそう気がつくこの頃。